とにかく退屈な物語
『騎士団長殺し』を読んでいるとき、とにかく退屈でした。比較的、本を読むのは早い方だと思うのだけれど、読了するのに時間がかかった。ページが進まない。なぜかと思って、その理由を考えてみると、
- マンネリ感がある
- 話のテンポが悪い
この2点に集約されるのかなと思いました。村上春樹の過去作に出てきた展開ばかりで、一人称でやたらと描写が細かい。
『騎士団長殺し』とタイトルが発表されたとき、「殺し」という言葉が入っていることで村上春樹の新境地が見られると思ったのですが、悪い意味で予想は裏切られました。
いつもの村上春樹作品であり、過去作の焼き直しだということを感じてしまった。
ただ話のテンポが悪いのは後述しますが、おそらく意図的なもので、村上春樹は物語論を盛り込みながら新たなチャレンジをしたのだと思っています。
あらすじ
- 作者: 村上春樹
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その年の五月から翌年の初めにかけて、私は狭い谷間の入り口近くの、山の上に住んでいた。夏には谷の奥の方でひっきりなしに雨が降ったが、谷の外側はだいたい晴れていた……それは孤独で静謐な日々であるはずだった。騎士団長が顕(あらわ)れるまでは。 Amazonより
主人公は絵描きです。冒頭から明かされるのですが、主人公が妻と別居してからまた2人が元に戻るまでの9ヶ月間を描いています。そして深夜2時ごろに鳴る鈴の音に眠りを妨げられ、白髪の中年男性である免色(めんしき)といった謎めいた人物が登場しながら、物語はうねりを見せていきます。
マンネリな展開だらけ
『騎士団長殺し』は、村上春樹がこれまで繰り返し描いてきたモチーフがてんこ盛りなんですね。妻との別れ、謎の穴、なぜか知らないけど女性とセックスできちゃう、などなど挙げたらキリがないほど。免色という人物名も『色彩を持たない、多崎つくると巡礼の年』を容易に連想させます。
で、村上春樹の三大モチーフを挙げておきたいと思います。
- 1.現実と異世界が交錯する
- 2.地下へ潜っていく
- 3.夢の中でひたすらセックス
異論はあるかと思うのですが、過去作でも繰り返し描かれてきました。
『騎士団長殺し』ではどうなっているのか。ここからネタばれもありますが、村上春樹のインタビュー集『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです』からの発言を抜粋しながら、その意味を探っていきたいと思います。
1.現実と異世界が交錯する
『騎士団長殺し』では現実の日本が舞台となっていますが、突然異世界へと繋がっていきます。
思いっきりネタバレになりますが、異世界の住人の騎士団長が、現実世界にひょっこり現れるのです。『騎士団長殺し』は日本画のタイトルなんです。主人公が間借りしている家の元住人・雨田具彦が描いた日本画を指します。雨田具彦は芸術界で知られた存在ですが、『騎士団長殺し』は未公開のままだった。そして騎士団長が日本画の世界から飛び出して、そのままの姿で(身長60センチくらいで)主人公の前に現れます。
現実と異世界が交錯するのは、『1Q84』『ねじまき鳥クロニクル』『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』『海辺のカフカ』など、多くの作品で描かれてきました。
村上春樹自身も過去のインタビューで、こう言っています。
2つの世界の相関関係というのは、僕にとってはすごく大きいテーマで、多かれ少なかれ、どの本にも出てくるんです。
『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです』59P
村上春樹が小説を書くことに目覚めたのが30歳でした。
自分の中の物語性のようなものは、僕にとっては、これまで生きてきたごく普通の人間としての日常とは別なところで、一種の神秘的なものとして存在しているんです。『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです』60P
あったかもしれないもう1つの人生。
僕の中にはもう一人の僕がいて、その二者の相関関係の中で物語が進んでいく。さらに言えばその進み方によって両者の位置関係が明らかになる。だから、物語を使って何ができるかについては、僕は非常に意識的に考えています。そのために大事なのは、きちんと底まで行って物語を汲んでくることで、物語を中で作るようなことはしない。最初からプロットを組んだりもしないし、書きたくないときは書かない。僕の場合、物語はつねに自発的でなくてはならないんです。『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです』60P
さらには上田秋成による江戸時代の読本『雨月物語』を例にして、現実と非現実が接している世界観は日本人のメンタリティーに合っていると指摘します。
現実と非現実がぴたりときびすを接するように存在している。そしてその境界を超えることに人はそれほどの違和感を持たない。これは日本人の一種のメンタリティーの中に元来あったことじゃないかと思うんですよ。『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです』100P
2.地下へ潜っていく
物語後半、主人公は地下世界へと潜っていきます。これも村上春樹の過去作に何度も登場する場面です。
人間の存在というのは二階建ての家だと僕は思ってるわけです。『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです』105P
村上春樹は、以下のようにそれぞれの階をイメージしているそうです。
- 1階 みんなで集まってごはん食べたり、テレビ見たり、話したりするところ
- 2階 個室や寝室があって、そこに行って一人になって本読んだり、一人で音楽聴いたりする
- 地下室 ここは特別な場所でいろんなものが置いてある、日常的に使うことはないんだけど、ときどき入っていって、なんかぼんやりしたりする
- 地下2階 非常に特殊な扉があってわかりにくいので普通はなかなか入れないし、入らないで終わってしまう人もいる。ただ何かの拍子にフッと中に入ってしまうと、そこには暗がりがある
地下2階の暗がりでは、家の中では見られないものを体験する。自分の過去と結びついているものだったりする体験です。ただし現実に復帰するには、そこから帰ってこないといけない。
これは村上春樹の創作論とも繋がっている考え方です。
僕は決して選ばれた人間でもないし、また特別な天才でもありません。ごらんのように普通の人間です。ただある種のドアを開けることができ、その中に入って、暗闇の中に身を置いて、また帰ってこられるという特殊な技術がたまたま具わっていたということだと思います。『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです』96P
3.夢の中でひたすらセックス
『騎士団長殺し』では主人公は別れを言い出された妻と、夢の中でセックスをします。そして妻は妊娠をしていたという流れがあります。実際はセックスをしていることはありえないのに・・・。
セックスは鍵です。夢と性はあなた自身のうちへと入り、未知の部分をさぐるための重要な役割を果たします。『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです』166P
セックスは魂の結託のようなものだと考えています。もしそれが良きセックスであれば、あなたの傷は治癒されるかもしれないし、イメジネーションは強化されるかもしれない。女性は霊媒=巫女的なのです。やがて姿を見せるであろう世界の先触れなのです。『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです』229P
村上春樹の新たな試みとは?
村上作品に頻出する3つのモチーフを見てきました。何度読み進めるのを断念しようと思ったか分かりません。
ですが、もちろん『騎士団長殺し』はマンネリを描いただけの作品ではありません。
『騎士団長殺し』は話のテンポがやたらと悪いのですが、これは風景描写や人物描写が細かく描かれていることが要因です。本来ならそこまで細かい描写がなくてもいいのに、相当いびつなバランスになっています。
理由としては、主人公が「対象の核心にまっすぐ踏み込んで、そこにあるものをつかみ取る直観的な能力」を持っていることが挙げられるでしょう。人の顔を一瞬で記憶できるという能力を持っている。
さらに、文章力を駆使することでどこまで物事の核心に迫ることができるのか(メタファーでイデアに迫る行為)村上春樹が本作で課したチャレンジではないでしょうか。
登場人物
主人公
36歳で肖像画家。妻から離婚話を切り出されて1ヵ月の間放浪の旅に出る。旅から戻り、友人の雨田政彦の父のアトリエで暮らす。
免色渉(めんしきわたる)
54歳の独身。主人公が暮らすアトリエから向かい側の豪邸に住む。IT関係の仕事をしていたこともある。
雨田政彦
主人公の美大時代の同級生。
雨田具彦
高名な日本画家。92歳で認知症となり伊豆の療養施設にいる。1938年3月アンシュルス、ドイツによるオーストリア合併のときにウィーンにいた。ウィーンの学生による抵抗組織カンデラがナチ高官を殺害する計画があった。日本大使館が動いて密かに帰国させた。オーストリア人の彼女とは離れ離れに。
柚(ゆず)
主人公の妻。目が妹のコミと似ている。
小径(こみち)
主人公の妹。12歳で亡くなった。生まれつき心臓に問題があった。
秋川まりえ
主人公が教える絵画教室に通う13歳の少女。
さいごに
『騎士団長殺し』の初読は退屈だったのですが、村上春樹のチャレンジだと捉えるとまた違った味わいがありそうで再読するときは違った気づきがあるかも。
僕は、感情移入や共感の力を信じています。すごくシンプルなことですが、僕は想像力というものの力を信じているのです。想像力は素晴らしいものです。『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです』560P
村上春樹は現在68歳。果たして今後、いくつの新作を読めるのでしょうか。なんだかんだ苦言を呈しましたが待ちますよ!
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