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『残像に口紅を』50音が1文字ずつなくなっていく究極のギミック本

筒井康隆には『旅のラゴス』『ロートレック荘殺人事件』など、今でもネット上での評価が高い作品が多数あります。そして数々の実験的な小説を執筆しているのですが、『残像に口紅を』はその最高峰と言えるのではないでしょうか。

アメトーーク!」の読書芸人でカズレーザーが紹介して注目が集まりました。

残像に口紅を』は50音が1音ずつなくなっていくというルールで執筆されています。果たしてどのような仕掛けが施されているのか、見ていきます。

ざっくり3行でまとめると…

  1. 文字が消えていく世界で、小説の文章でも文字が1文字ずつ消えていく
  2. 消失した文字が何かを登場人物は意識できない
  3. 筒井康隆の実験小説であり、言葉狩りへのアンチテーゼと言える

文字が消えていく世界

最大の特徴である文字が消えていく現象。冒頭から「あ」が消えている状態でスタートします。「愛」も「あなた」もありません。

もちろんストーリーは成り立たせないといけないので、物語は進行していきます。これを50音全てやっていこうってわけで、おいおいそんなこと可能なのか? と思わせる試み。
(そしてそれを語彙力を駆使しながら達成するという筒井康隆のすごさ)

たとえば「え」が消失した世界で「エリート意識」をどう表現するのか?

「おのれの高貴さを衒い、学を衒い、生まれや家格を自慢し」となるわけです。このあたりは言葉の巧みさと筒井康隆ニヒリズムが炸裂しているなと感じます。

さらに使える言葉がなくなる後半では、体言止めなどを駆使。

いいさ。勝手に入れ入れ。敢行だ。ついに勝夫が犯意を抱いた。だが、さてさて、囲いのこの高さ。打開の手立ては。耽耽。勝夫の偵察。

物語の筋を変えることはできないので、使える文字だけで、文体のテクニックを総動員して成立させているんですね。

ちなみに、マンガ『幽☆遊☆白書』ではこの小説をモチーフにしたエピソードが出てきます。仙水編に登場する海藤優というキャラの能力は、「あいうえお」順で言葉が消えていくというもの。かなり異色なバトルでした。

メタフィクション構造

主人公は小説家である佐治勝夫で、このルールがあることを認識しています。つまりはメタフィクションの構造になっているんですね。ただし、何が消えてしまったのか、登場人物たちにはわかりません。

そんな佐治が、講演会や自分の生い立ちを語る場面もルールに則って乗り切っていきます。この辺りに興味を持てればラストまでハラハラしながら読み切ることができます。

言葉狩りへのアンチテーゼ

筒井康隆は一度断筆宣言をしています。これは表現の自由を規制されたことへの反発でした。

短編「無人警察」(『にぎやかな未来』収録)が国語の教科書に採用されたものの、てんかん協会に差別表現だと指摘されたことがあったんですね。

本作は断筆宣言の前の作品ではあるものの、筒井康隆なりの言葉狩りへのアンチテーゼが含まれています。

ひとつのことばが失われた時、そのことばがいかに大切なものだったかがわかる。そして当然のことだが、ことばが失われた時にはそのことばが示していたものも世界から消える。そこではじめて、それが君にとっていかに大切なものだったかということがわかる

また本書は刊行当時、物語後半から袋とじになっていて、返金システムをとっていました。面白くなかったら袋とじを破らずに、このまま本を送り返せば、代金が戻るというわけです。かなり強気!

おすすめ度7 ☆☆☆☆☆☆☆★★★

筒井康隆が小説を使った実験を試みている本作。50音が全てなくなると、世界はどうなっていくのか? 特に後半は怒涛の展開で、こういった実験小説が好きな方は、ぜひ読んでもらいたいです!

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