『あなたが誰かを殺した』が刊行!
加賀恭一郎シリーズ12作目となる『あなたが誰かを殺した』が、2023年9月21日に発売されました。このタイトルを聞いてワクワクが止まらない…。そう、東野圭吾が犯人当てで読者に勝負を挑んだ『どちらかが彼女を殺した』『私が彼を殺した』を想起させるからなんですね。
『どちらかが彼女を殺した』『私が彼を殺した』は、小説内では犯人が明かされないんです。衝撃ですよね。ヒントと容疑者はすべて出そろっていて、犯人がだれか頭を悩ませた記憶があります。
『あなたが誰かを殺した』は、「犯人あて」だけでも「動機あて」だけでもないんですね。いま、東野圭吾が突きつけてくる読者への挑戦といったところです。
加賀恭一郎シリーズとは?
加賀恭一郎シリーズは、東野圭吾が手がけています。阿部寛主演でドラマ化・映画化がされているので、ご存知のかたも多いと思いますが、グッとくるんですよね。シリーズだからこその味わいがある。
シリーズすべて読んだときに感じたのは、家族の再生の話を描き続けていたんだ…ということ。
とはいってもそれは後半の作品からなのですが。書籍では、1986年刊行の『卒業』からはじまっていて、共通しているのは、加賀恭一郎が登場すること。長い期間にわたって描かれているだけあって、加賀恭一郎シリーズはけっこう色合いを変えています。
- 1作目『卒業』密室で起こる青春ミステリ
- 2作目『眠りの森』バレエ団に潜む闇に迫る
- 3作目『どちらかが彼女を殺した』読者へ挑戦する犯人当て
- 4作目『悪意』どんでん返しのホワイダニットもの
- 5作目『私が彼を殺した』難易度アップの犯人当て
- 6作目『嘘をもうひとつだけ』ミステリ短編集
- 7作目『赤い指』家族のあり方を問うミステリ
- 8作目『新参者』日本橋を舞台にした人情ミステリ
- 9作目『麒麟の翼』親子の絆を描くミステリ
- 10作目『祈りの幕が下りる時』加賀の家族にまつわる物語
- 11作目『希望の糸』ある刑事の過去が明かされる物語
- 12作目『あなたが誰かを殺した』加賀恭一郎、別荘地へ
後半の『赤い指』『新参者』『麒麟の翼』『祈りの幕が下りる時』では明確なスタンスがあります。家族同士で理解を深めることができない。そのために事件が拡大していくんですね。
加賀恭一郎本人も同様で、父との確執や母の失踪に向き合うことになっていきます。すべて読んでほしいのですが、シリーズそれぞれの魅力を紹介していきます!
加賀恭一郎シリーズの読む順番は?
まずはじめに加賀恭一郎シリーズの読む順番を整理しておくと、3つのパターンをおすすめしたいと思います。
- 泣けるミステリパターン
- 謎解きミステリパターン
- 全作品網羅パターン
泣けるミステリパターン
泣けるミステリパターンは、後期作品を中心に読んでいく流れになります。
- 『新参者』
- 『嘘をもうひとつだけ』
- 『赤い指』
- 『麒麟の翼』
- 『祈りの幕が下りる時』
- 『希望の糸』
短編である『新参者』『嘘をもうひとつだけ』を堪能して、そのあとに長編の『赤い指』 『麒麟の翼』『祈りの幕が下りる時』『希望の糸』を読んで、加賀恭一郎の家族物語へと突入していく。最短ルートだと、『新参者』『麒麟の翼』『祈りの幕が下りる時』の3作だと思います。
阿部寛が主演した新参者シリーズとのリンクを楽しむなら、この泣けるミステリパターンがおすすめです。
謎解きミステリパターン
謎解きミステリパターンは、どんでん返しや犯人当てを楽しむ作品群になります。
東野圭吾作品としても実験として、加賀恭一郎シリーズを活用していた時期といってもいいかと思います。
- 『どちらかが彼女を殺した』
- 『私が彼を殺した』
- 『あなたが誰かを殺した』
- 『悪意』
『どちらかが彼女を殺した』『私が彼を殺した』は、ズバリ犯人当て。結末が小説内では明かされないという今考えても、奇抜な試みでした。その系譜にある『あなたが誰かを殺した』は異色作。 『悪意』もおもしろいんですよね。結末を知ると、タイトルの意味を深く考えさせられる作品になっています。
全作品網羅パターン
加賀恭一郎シリーズ、全作品を読むパターンです。
刊行順に読んでいってもいいのですが、おすすめは『新参者』から読む流れ。ラストは『祈りの幕が下りる時』で締めたいところですが、その直前に加賀恭一郎が学生時代の『卒業』をはさんでみると、加賀恭一郎に思い入れが増すと思います!
- 『新参者』
- 『嘘をもうひとつだけ』
- 『眠りの森』
- 『悪意』
- 『どちらかが彼女を殺した』
- 『私が彼を殺した』
- 『赤い指』
- 『麒麟の翼』
- 『卒業』
- 『祈りの幕が下りる時』
- 『希望の糸』
- 『あなたが誰かを殺した』
加賀恭一郎シリーズのあらすじ・魅力を紹介
ここからは加賀恭一郎シリーズのあらすじ・魅力を紹介していきます!
1作目『卒業』
大学4年生の加賀恭一郎は、剣道の全日本選手権優勝を目指して、日夜練習をしていた。そんなとき、高校時代の同級生が死んでしまうが、不審な要素が多いのがわかってくる。さらに、犠牲者が出てしまい…。
シリーズ1作目は、ほろ苦い恋愛模様が盛り込まれていて、理系トリックが展開されています。青春ミステリとして読めるものの、加賀恭一郎の過去の物語としても読むのも楽しいです。とにかく初々しさがある!
「君を見る俺の目は、もう何年も前から変わっている」。こんなセリフが出てくるのと、加賀恭一郎の父親についても言及されています。
2作目『眠りの森』
人気バレエ団で殺人が起こる。団員の1人が容疑を認めるものの、正当防衛を主張するのだが、果たして真相は?
加賀恭一郎が、警視庁の刑事として登場します!クラシックバレエの世界を垣間見ることができるのと、加賀恭一郎がバレエ団のバレリーナ・未緒に惹かれていくのも見どころ。ドラマでは、未緒は石原さとみが演じていました。
3作目『どちらかが彼女を殺した』
かなり度肝を抜かれた作品。
警察官の泉の妹が、マンションで死体となって発見された…。泉は他殺だと確信し、自ら復讐を果たすために、現場を偽装して自殺と思わせようとする。妹殺害の容疑者は2人。妹の親友か、それとも元恋人か。
加賀恭一郎は、妹の自殺を疑う立場として、事件を捜索していきます。
本作がすごいのは、最後まで犯人の名前が明記されないということ。読者への犯人当てで、推理の手引が袋とじであるのみ。いやぁ、当時読んだときは、あれやこれやと推理しました。何度も読み返した。インターネットがまだ普及していない時代で、考察もほぼなし。東野圭吾のファンになった1冊です。
4作目『悪意』
作家の日高邦彦が殺害された。発見したのは童話作家の野々口。彼は事件の顛末を手記として残すことにする。手記を読んだ加賀は、犯人を突き止めるのだが…。
これは手記を読む形式になっているのですが、どんでん返しの連続で、ゾクゾクしてしまいます!そして、殺害動機がまた考えさせられます。一気読み必至の作品です。
5作目『私が彼を殺した』
犯人当てミステリ、今度は容疑者は3人に!
脚本家・小説家の穂高誠が、結婚式当日に毒殺された。容疑者は、マネージャー
編集者、花嫁の兄。いったいだれが犯人なのか?
『どちらかが彼女を殺した』に続いて、小説内では犯人の名前を明かさない作品。それぞれが殺害したと述懐するのですが、だれが本当のことを言っているのか、かなり難易度が高いです!
6作目『嘘をもうひとつだけ』
短編集。5つの事件が展開されます。
真実を隠すための嘘は、やがて苦しみとなる。加賀恭一郎の魅力が本作から一気に伝わるようになってきて、このシリーズが輝きを放ち始めます。それだけにぜひ読んでおいてほしい作品。
特におすすめしたいのは「友の助言」。加賀恭一郎の友人が登場するのですが、そこでも真実と向き合おうとする加賀の姿に胸を打たれます。
7作目『赤い指』
「この家には、隠されている真実がある。それはこの家の中で、彼等自身の手によって明かされなければならない」
妻からの電話で自宅に戻った前原は、少女の死体を発見する。引きこもりの息子が殺害したのだ…。
ただの稚拙な事件ではあるが、加賀恭一郎が絡むことで、親子の絆や家族のあり方を問うものへと変わっていきます。
そして大事なのが、加賀恭一郎と父親の確執の理由が明らかになること。本作から加賀恭一郎の物語が絡んでくることで、重厚さが増していきます。
8作目『新参者』
むちゃくちゃ好みな作品。
日本橋を舞台にした連作短編集です。街の人と交流しながら事件の真相に迫っていく加賀恭一郎が、とにかく魅力的。すべての事件に対して真摯に向き合って、小さな手がかりをつかんでいく。温かさがあるんですね。
「捜査もしていますよ、もちろん。でも、刑事の仕事はそれだけじゃない。事件によって心が傷つけられた人がいるのなら、その人だって被害者だ。そういう被害者を救う手だてを探し出すのも、刑事の役目です」
9作目『麒麟の翼』
日本橋の欄干にある麒麟像にもたれかかるようにして男がいた。男の胸にはナイフが突き刺さり、病院に運ばれるものの死亡。被害者は日本橋に頻繁に訪れていたことを、加賀恭一郎が突き止める。
「殺人事件ってのは、癌細胞みたいなものだ。ひと度冒されたら、苦しみが周囲に広がっていく。犯人が捕まろうが、捜査が終結しようが、その侵食を止めるのは難しい」
派手さはないのですが、ジワリと心にしみる作品です。
10作目『祈りの幕が下りる時』
加賀恭一郎シリーズの集大成。
小菅のアパートで40代女性の腐乱遺体が発見された。アパートに住んでいたのは、越川という男性だが、消息がわからない状態だった。
めぐりめぐってこの事件が、加賀恭一郎の母に関する謎とつながっていきます。また、加賀が日本橋の街にいることや所轄の刑事でいる理由が明かされていくのです。
極限にまで追い詰められたとき、人は何を思うのか?圧巻の作品です。
11作目『希望の糸』
自由が丘にある喫茶店で、一人の女性が殺害された。周りは「あんないい人はいない」と証言する。だれからも恨まれることはない彼女はなぜ殺されたのか?警察の捜査で容疑者が浮かび上がると、それは常連客の男性で、災害で2人の子どもを亡くしていた…。
ここでフォーカスが当たるのは、加賀恭一郎の従兄弟である松宮。彼の苦悩が描かれていきます。希望の糸がなにを意味しているのかわかったとき、落涙してしまいました。
加賀恭一郎の登場はそこまで多くないものの、家族の物語としてグッとくるところが多く、シリーズ作品を読んでいる感覚を味わえます。
12作目『あなたが誰かを殺した』
閑静な別荘地で起きた連続殺人事件。加賀恭一郎の休暇中に、この地を訪れ、事件を捜査することになります。この事件の関係者が一同にそろって、検証会が行われるんですね。家族が奪われたのは偶然なのか、必然なのか。これぞミステリーの定番という展開を見せてくれます!
【ネタバレ考察】加賀恭一郎シリーズは家族再生の話
全作品を読むことで見えてきたのが、加賀恭一郎シリーズが描きたかったのが、家族の話だということ。
初期から明確な意図があったわけではなくて、『嘘をもうひとつだけ』から、そのスタンスが明確になっていって、『新参者』で決定的になっていると思います。
『新参者』は、日本橋署に赴任した加賀恭一郎の連作短編集。一つ一つは些細なエピソードなんだけど、ほんのり心が暖かくなって、家族の話が積もっていくんですね。
殺人事件をきっかけに、まったく関係なかった人たちに、加賀恭一郎が影響を及ぼしていく。加賀が捜査を担当しなければ、家族の関係性は明かされなかったかもしれない。
「刑事というのは、真相を解明すればいいというものではない。いつ解明するか、どのようにして解明するかということも大切なんだ」
『新参者』で、加賀恭一郎は刑事という存在の意味をはっきりと明示しています。加賀が行ったことは、家族の歯車をふたたび動かしていくことなんですね。
『赤い指』では、息子が手をかけた殺人を両親が隠蔽しようとして、そこに認知症の祖母が関係してきます。『麒麟の翼』では、息子が犯した罪を償おうとする父親の姿が描かれました。
家族が向き合わないことで、事件が生まれ、謎が生まれていきます。家族が対話すれば、そもそも事件は早期解決したのではないかと思える展開がある。家族同士で理解を深めることができない。そのために事件が拡大していくわけです。
そして、加賀恭一郎自身の家族の物語が、連なっていきます。
加賀恭一郎は父親を恨んでいました。刑事だった父は家庭を顧みることなく、加賀は孤独な幼少期を送ります。だから『赤い指』では、加賀は父の死に立ち会いませんでした。加賀の選択は美談としても読めるけれど、シリーズを通すと、印象は変わっていきます。
『麒麟の翼で』は、看護師の金森がはっきりと指摘します。
「元気な頃に交わした約束など、何の意味もないといってるんです。加賀さん、あなたは人の死と向き合ったことがありますか?死を間近に迎えた時、人間は本当の心を取り戻します。プライドや意地といったものを捨て、自分の最後の願いと向き合うんです。彼等が発するメッセージを受け止めるのは生きている者の義務です。加賀さん、あなたはその義務を放棄しました」
生前のときの考えと、死の間際で人の考えは変わるのだと。『赤い指』での加賀の選択を否定しているわけです。
そして、『祈りの幕が下りる時』にいたって、加賀が父を許す物語へと展開していきます。
「ずっと子どもの成長を見ていられるなら、肉体なんか滅んだっていい」
生前の父の言葉が、事件解決へと導いていくヒントとなっているわけです。加賀の日本橋署へのこだわりも、母と親しかった綿部を探すためだったのもわかります。
加賀恭一郎シリーズを読んできたことで、加賀恭一郎の思いに深みが増していく。本当にすばらしいシリーズだと思います。
なお、東野圭吾のおすすめ作品については、以下の記事で紹介しています!
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