『忘却バッテリー』は、天才バッテリーの片割れが記憶を失うところから始まる野球漫画です。ギャグとシリアスの振れ幅がとにかく大きい。アニメ版の各話を簡単にまとめたうえで、この落差がなぜ効いているのかを考えます。
『忘却バッテリー』あらすじ
中学時代に名を馳せた投手と捕手のバッテリーが、無名の高校に進学します。ところが捕手のほうは記憶を失っていて、野球に関することをすべて忘れている。かつて彼らに敗れた選手たちも集まり、同じチームで野球を再開することになります。
各話あらすじ(簡易版)
各話の流れを簡単にまとめます。詳しい展開は本編でご覧ください。
- 1話:怪物バッテリーが無名高校へ。捕手の要が記憶を失っていると分かる
- 2話:かつて敗れた藤堂と千早が合流し、チームの形が見えはじめる
- 3話:名門・帝徳高校との練習試合が決まる
- 4話:練習試合が始まり、両校の実力が拮抗する
- 5話:捕球に問題が出て試合が崩れる。スカウトの話が持ち上がる
- 6話:要が野球に興味を持ちはじめる。藤堂が抱えていた問題が明かされる
- 7話:チーム全員で藤堂の問題に向き合い、乗り越えていく
- 8話:新しい仲間が加わり、チームが形になっていく
- 9話:要の記憶が一時的に戻り、本来の実力が発揮される
- 10話:強豪・氷河高校との試合が始まる
- 11話:要の状態が不安定になり、千早も自分の課題に直面する
- 最終話:試合の行方が要に託される
【感想】ギャグとシリアスの落差が武器になっている
この作品、笑わせにくるときの振り切り方が異常です。真面目な野球漫画だと思って読むと、平気で足をすくわれます。
ただ、ここが重要なのですが、ふざける量が多いほどシリアスが効く。普段が緩いからこそ、締めるところで空気が変わったのが分かる。計算してやっているとしか思えません。
記憶喪失をギャグにした度胸
記憶喪失という設定は、普通はシリアスに使います。この作品はそれをギャグの装置として使い切るんですよね。
それでいて、記憶が戻った瞬間には一切ふざけない。同じ設定を笑いにも緊張にも使える。この使い分けが作品の背骨になっていると思います。
【考察】この作品の主題は「才能に潰された側」の話
私は、『忘却バッテリー』の主人公は実は要ではなく、彼らに敗れた側の選手たちだと考えています。理由が2つあります。
理由①チームの構成が明らかに意図的
小手指高校に集まるメンバーを見ると、かつて怪物バッテリーに夢を折られた選手ばかりです。偶然にしてはできすぎている。
つまりこのチームは、折られた人間が集まって立て直す場所として設計されています。才能の話ではなく、才能に負けた後の話なんですよね。
理由②一番丁寧に描かれるのが挫折の克服
もうひとつ、話数の使い方が証拠になります。藤堂が抱えていた問題に、かなりの尺が割かれています。
天才2人の復活より、平凡な選手が立ち直る過程のほうが丁寧なんですよね。どちらを描きたいかは、時間配分に出ます。
【考察】要の記憶喪失が意味するもの
では、なぜ要は記憶を失ったのか。私は、才能を持つ側にも折れる瞬間があったことの表現だと思っています。
完璧に見えた側にも、追いつけない恐れや重圧があった。それを抱えきれなかった結果が記憶喪失だとしたら、この作品は全員が何かに折られた人間の話ということになります。そう読むと、あの明るさが少し違って見えてきますよね。
『忘却バッテリー』登場人物
- 清峰葉流火(きよみねはるか):剛腕投手。打撃も天才的なセンスを持っている
- 要圭(かなめけい):記憶喪失。名捕手で清峰とバッテリーを組む。
- 藤堂葵(とうどうあおい):遊撃手。強肩でパワーのあるバッティングをする。
- 千早瞬平(ちはやしゅんぺい):二塁手。理論派。
- 山田太郎(やまだたろう):飛び抜けた才能はないがバランス型
『忘却バッテリー』は折れた後の話
というわけで、『忘却バッテリー』の感想と考察でした。ギャグ漫画の顔をして、扱っているのはかなり真面目なテーマだと思います。皆さんはどう読んだでしょうか。
