『VIVANT』第17話で、どうしても見逃せない仕草がありました。劉ミンシュエンが胸を3回叩く場面です。しかも野崎守(阿部寛)が、わざわざ顔の向きを変えてまでそれを見ている。この2人、通じ合っているのではないか。今回はそこを軸に考えていきます。
第17話のあらすじ
囚われている野崎に対して追及が行われる回です。やり取りの末にひとつの区切りがつき、劉ミンシュエンは別の任務のため一度その場を離れることになります。
【考察】胸を3回叩く仕草は何を意味するか
カトリックの悔悛の所作と一致する
あの動作、ただの癖にしては強調されすぎていました。ゆっくりと、はっきりと、3回。
SNSでも指摘が出ていましたが、これはカトリックにおける悔悛の所作と一致します。コンフィテオルと呼ばれるもので、自らの過ちを唱えながら胸を3度打つ。つまり「悔いている」というメッセージになります。
決め手は野崎の反応
ただ、仕草だけなら偶然の可能性もあります。決め手は野崎のほうです。
野崎は明らかにその動きを目で追っていました。しかも自然に見える範囲で、わざわざ角度を変えてまで確認している。受け取る側がいて初めて、合図は合図になります。あの視線があるということは、野崎はこれが自分宛てだと分かっていたということです。
相手に気づかれない形で意思を伝える。これが成立しているなら、2人の間にはすでに何らかの了解があることになります。
【考察】ほかにも符合する点がある
①「10」という数字の一致
離脱にあたって示された期間と、その直前に野崎が口にした数字が一致していました。会話の流れとしては不自然なタイミングで、わざわざ数字を出しているんですよね。
こじつけかもしれません。ただ、この作品は数字の扱いが丁寧なので、意味があると考えたくなります。
②離れたがらなかった不自然さ
いちばん引っかかったのがここです。劉ミンシュエンは、自分の任務が終わったあともその場を離れることに明らかに乗り気ではありませんでした。
そのうえで、次の役割を自分にやらせてほしいと自ら申し出ている。組織には別の予定があるにもかかわらず、です。
自分がいなくなったら野崎の身が危ない。そう考えているのだとしたら、この行動はきれいに説明がつきます。監視役として残りたいのではなく、守るために残りたかったのではないでしょうか。
③発砲が2発だったこと
緊迫した場面で、天井に向けて2発撃たれています。威嚇なら1発で十分です。2発である必要がない。
のちに空砲だったと分かる展開もあり得ますし、これも「ここで命は取らない」という了解のうえでの動きだったのかもしれません。
④野崎の手を合わせる仕草
もうひとつ、野崎が手を合わせる場面がありました。ただ、そのときその場に劉ミンシュエンはいません。
ということは、別の誰かに向けたものということになります。あの場に残っている人物の中に、まだ描かれていない協力者がいるのか。ここは現時点では読み切れませんが、覚えておきたいところです。
【考察】ではなぜ、2人は通じ合えるのか
仮に通じているとして、問題はその理由です。2人の間に何があったのか。
ここで効いてくるのが5年前です。野崎はかつて2人のエージェントを使っていて、一方は亡くなっている。もし劉ミンシュエンがその過去に関わる人物なら、いま悔いを示す理由があることになります。
胸を3回叩くという合図が「悔いている」という意味なら、それは何かに対する悔いです。いまこの場のことではなく、もっと前のことに対する。そう考えると、この仕草は自白に近いものだったのかもしれません。
2人は間違いなく通じ合っている
というわけで、劉ミンシュエンと野崎の関係について考えてみました。あの仕草に気づくかどうかで、17話の見え方はまったく変わると思います。皆さんはどう受け取ったでしょうか。
この記事のもとになった動画
この記事は、YouTubeチャンネル「Kのエンタメ日記」で配信した考察動画の内容を、あらためて文章に書き起こし・再構成したものです。
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