『VIVANT』第14話、新庄浩太郎(竜星涼)の退場が描かれました。でも私は、新庄は生きていると思っています。むしろ、あの描き方こそが生存の証拠だと考えています。なぜそう思うのか、根拠を3つ挙げて書いていきます。
第14話のあらすじ
これまで正体の見えなかった勢力の輪郭が明らかになる回です。その一方で、捕らえられていた新庄をめぐる状況が大きく動き、ひとつの決着がつけられます。ただ、その描き方には引っかかる点がいくつも残りました。
【感想】退場の描き方が、あまりにも丁寧すぎた
見ながらずっと思っていたのが、「なぜここにこんなに尺を使うんだろう」ということでした。
物語の中で人物が退場するとき、普通はもっと短く、あるいはもっと唐突に描かれます。それが余韻になるからです。ところが今回は、段取りを丁寧に積み上げて、確定させるところまでやっている。疑う余地をなくそうとしているように見えたんですよね。
この作品を1話から見てきた人なら分かると思うのですが、『VIVANT』は「確定させにきたとき」がいちばん怪しい。そういう作りをずっとしてきた作品です。
【考察】新庄は生きていると考える3つの理由
理由①ガムの使い道
いちばん分かりやすかったのがガムです。捕らえられている状態の新庄に対して、ガムについて触れるやり取りがわざわざ入っていました。
あの場面、物語の進行にはまったく必要がありません。必要がないのに入っているということは、後で意味を持つということです。そして、あの状況で柔らかい素材にできることといえば、型を取ることくらいしかない。
顔の型さえあれば、別人を新庄に見せかけることは可能になります。そう考えると、あのやり取りは伏線としてきれいに機能します。
理由②「太った」と言われた意味
もうひとつ、新庄の体格について言及される場面がありました。これも引っかかります。
新庄はそういう体型の人物ではありませんし、太るような状況にも置かれていませんでした。それなのにわざわざ台詞で触れている。つまり、服の下に何かを着込んでいたということではないでしょうか。
防弾のための装備だと考えれば、その後の展開も説明がつきます。見た目の変化を台詞で指摘させておくのは、作り手がヒントを置くときの常套手段ですよね。
理由③退場させる理由が物語側にない
3つ目は物語の構造からの読みです。新庄はシーズン1から背負っているものが描かれないまま来た人物です。なぜあちら側にいたのかという、いちばん大事な部分が一度も説明されていない。
その説明をしないまま退場させるというのは、脚本として不自然です。ここまで引っぱってきた動機を回収しないのであれば、そもそもあれだけ引っぱる必要がありませんでした。
【考察】では、なぜ姿を消す必要があったのか
生きているとして、次の疑問は「なぜ一度消える必要があるのか」です。
答えははっきりしていると思います。公式に退場した人物は、誰からも追われなくなるからです。いまの新庄はどの組織にも戻れない立場でした。戻れないなら、いっそ存在しないことにしたほうが自由に動ける。
では何のために自由になるのか。私は、ノゴーン・ベキに合流するためだと思っています。ベキが生きているという前提に立てば、いま最も会いに行きやすいのは「死んだことになっている人間」です。
もうひとつ根拠があります。以前、チンギスが新庄に対して、一緒にある場所へ行く約束をしていたという趣旨のことを言っていました。あの約束が、行き先を示しているのではないか。そこにベキがいるのだとしたら、話は一本につながります。
第14話は敵の輪郭が見えた回だった
というわけで、『VIVANT』第14話の感想と考察でした。新庄については「生きている」というスタンスで次回以降を見ていきます。外れたら外れたで、それはそれで受け止めます。皆さんはどう考えるでしょうか。
この記事のもとになった動画
この記事は、YouTubeチャンネル「Kのエンタメ日記」で配信した考察動画の内容を、あらためて文章に書き起こし・再構成したものです。
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