『波うららかに、めおと日和』第2シリーズ、第1話を見終わって思わず声が出ました。本編は前作どおりの穏やかな空気だったのに、最後の最後で時代が飛ぶ。
あの「2026年」は何だったのか。今回はそこを考えていきます。
『めおと日和』第2シリーズ第1話のあらすじ
舞台は昭和12年の夏。なつ美と瀧昌は結婚2年目を迎えています。知人への結婚祝いを何にするかという話から、1年前に交わした手紙の思い出へ。夕涼みに出かけ、甘味処に寄って帰る。そんな一日が描かれたあと、夜になつ美の妹が訪ねてきます。
【感想】この夫婦は何も変わっていなかった
1年経っても距離感がそのまま
まず安心したのが、二人の空気がまったく変わっていなかったことです。
続編でよくあるのは、関係が進展したぶん緊張感がなくなってしまうパターン。この作品はそうなっていません。結婚2年目でもまだ照れている。手紙に隠した本音がバレて家中を追いかけ回すくだりなんて、もう落ち着いたと思っていた関係がまだ進行中であることを示しています。
芳根京子さんと本田響矢さんの間合いが、前作のまま保たれているのが大きいですね。
日常しか描かないという強さ
第1話で起きたことを並べると、結婚祝いの相談、手紙の回想、夕涼み、甘味処。それだけです。事件も対立も起きません。
それでも見てしまうのは、この作品が日常の密度で勝負しているからでしょう。膝枕をねだれずに肩もみを提案されるような、どうでもいいやりとりを丁寧に積む。そこに価値があると分かって作っている。
【考察】ラストの2026年はなぜ描かれたのか
さて本題です。本編と次回予告が終わったあと、「2026年」のテロップとともに現代の場面が流れました。
私服のナツがスマホを操作しながら歩道橋を歩き、制服姿のタキとすれ違う。少しタイミングをずらして、互いに振り返る。そして「STORY.1」の文字。
これが何なのか、フジテレビからの説明は一切ありません。私は3つの理由から、本編と地続きの仕掛けだと考えています。
理由① 本編の中に伏線が置かれていた
決定的なのがこれです。なつ美が「書いた手紙がすぐ飛んでいって届いたら」と話した場面で、瀧昌がこう返しています。
50年……90年ぐらいしたら飛んでいく手紙も現実のものになるかもしれませんね
昭和12年の90年後が、ちょうど2026年です。そして現代のナツは、スマホのメッセージで友人とやりとりしていた。飛んでいく手紙が現実になった世界が、そのまま映されていたわけです。
この符合を偶然とは思えません。本編を書いた段階で、ラストの映像は決まっていたはずです。
理由② 「STORY.1」という付け方
もし単発のサービス映像なら、番号を振る必要がありません。1と書いた以上、2があると考えるのが自然でしょう。
つまりあの数十秒は、おまけではなく連載の第1回です。昭和の物語と並走して、現代の物語が少しずつ進んでいく。そういう構造だと見ています。
理由③ すれ違って終わらせた意味
いちばん意味があるのは、二人が出会わなかったことだと思います。
振り返るけれど、声はかけない。すれ違ったまま別れる。ここで出会わせてしまえば、ただの転生ものとして完結してしまいます。そうせずに引き伸ばしたということは、この二人がもう一度出会うまでを描く気があるということでしょう。
昭和の二人が手紙で距離を縮めていったように、現代の二人も少しずつ近づいていく。そういう対になっているのではないでしょうか。
【考察】昭和パートの結末と関係があるのか
ここからは少し踏み込みます。
昭和12年という年を考えると、この先に待っているものは明るくありません。第2話の予告でも、出征の話が出ていました。日常を丁寧に描く作品が、わざわざ戦争の影を入れてきている。
現代パートが置かれた理由は、ここにあると思っています。昭和の二人がどうなっても、もう一度どこかで会える。そう示すための枠組みなのではないか。
だとすれば、あの数十秒はサービスどころか、作品の背骨にあたる部分です。
第1話は穏やかに始まって、最後に足をすくわれる回だった
本編の90%は、ただ幸せな夫婦の日常でした。それが最後の数十秒でまったく違う色になる。構成としてかなり大胆です。
現代パートが毎話続くのか、それとも節目にだけ現れるのか。次回の終わり方に注目したいと思います。詳しい展開はぜひ本編でご覧ください。

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