ドラマ『誘拐の日』は、誘拐したはずの少女が記憶を失っていて、犯人が父親のふりをすることになる話です。状況がひどいのに、2人のやり取りが妙に微笑ましい。この落差が作品の味なんですよね。各話を簡単にまとめたうえで、その構造を考えます。
ドラマ『誘拐の日』あらすじ
娘の治療費に困った男が、追い詰められた末に誘拐を企てます。ところが偶然出会った少女は記憶を失っており、男を父親だと思い込む。やがて少女の出自に関わる大きな事情が明らかになり、2人は追われる立場になっていきます。
各話あらすじ(簡易版)
各話の流れを簡単にまとめます。詳しい展開は本編でご覧ください。
- 1話:新庄が誘拐を決意するが、記憶を失った凛と出会う
- 2話:新庄が真実を告げ、凛の記憶が部分的に戻りはじめる
- 3話:追跡をかわしながら、潜伏生活が始まる
- 4話:凛の出生に関わる計画の存在が明かされる
- 5話:凛を求める別の勢力が動き出す
【感想】犯罪の話なのに読後感が優しい
この作品、前提だけ取り出すと最悪なんですよね。金に困った大人が子どもを誘拐する。擁護の余地がない。
それなのに見ていられるのは、新庄がどうしようもなく不器用だからだと思います。悪事に向いていない人が悪事をやっている。だから見ている側は、早く捕まってほしいような、逃げ切ってほしいような、変な気持ちになる。
斎藤工と永尾柚乃の噛み合い方
凛のほうが状況を的確に把握していて、新庄のほうが慌てている。この上下が逆転した関係が、ずっと面白いんですよね。
永尾柚乃さんが子どもらしさと聡明さを同時に出していて、斎藤工さんがそれに振り回される。この構図があるから、重い話が重くなりすぎずに進みます。
【考察】この作品の主題は「親であるとは何か」
私は、この作品が問うているのは犯罪の是非ではなく、誰が親になれるのかだと考えています。理由が2つあります。
理由①新庄が「父親のふり」から始まる
最初は嘘です。誘拐を隠すためについた、その場しのぎの嘘。ところがそのふりを続けるうちに、実際に父親のような振る舞いになっていく。
一方で、実の親の側は、凛を個人として扱っていない描写が重なります。血縁がある側が親らしくなく、偽った側が親らしくなる。この逆転が主題だと思います。
理由②新庄には本当の娘がいる
もうひとつ重要なのが、新庄が自分の娘のために犯行に及んでいる点です。親としての責任を果たそうとした結果、他人の子を奪っている。
愛情が動機になって加害が起きる。親であることが免罪符にならないという厳しい構図が、ここに置かれています。
【考察】記憶喪失という設定の役割
凛が記憶を失っているのは、話を進めるための都合ではないと思います。過去がない状態の人間が、誰を親と認めるか。
これは「血縁ではなく、いまの関係で親子は決まるのか」という実験なんですよね。記憶が戻ったあとにどうなるかが、この作品の最終的な問いになるはずです。
ドラマ『誘拐の日』登場人物
- 新庄政宗(斎藤工):娘思いの不器用な誘拐犯。
- 七瀬凛(永尾柚乃):記憶喪失の天才少女。
- 山崎忠(深澤辰哉):冷静沈着な顧問弁護士。
- 新庄汐里(安達祐実):失踪後に現れた元妻。
- 藤澤香里(望海風斗):娘に寄り添う看護師長。
- 北村高広(佐藤寛太):真面目で正義感ある刑事。
- 七瀬富雄(長谷川初範):遺産狙いの副理事長。
- ケビン福住(鈴木浩介):冷酷非情な謎の追跡者。
- 水原由紀子(内田有紀):新薬研究の理事長。
- 須之内司(江口洋介):暴走しがちなベテラン刑事。
ドラマ『誘拐の日』スタッフ・主題歌
- 原作:「유괴의 날(誘拐の日)」© ASTORY & KT Studiogenie / 脚本 キム・ジェヨン
- 脚本:丑尾健太郎
- 監督:深川栄洋、片山 修
- ゼネラルプロデューサー:大江達樹(テレビ朝日)
- プロデューサー:峰島あゆみ(テレビ朝日)、菊池 誠(アズバーズ)
- 制作著作:テレビ朝日
- 制作協力:アズバーズ
- 主題歌:yama『us』
- オープニングテーマ:東京スカパラダイスオーケストラ『The Liar』
『誘拐の日』は誰が親になれるかの話
というわけで、ドラマ『誘拐の日』の感想と考察でした。設定の強さに引っぱられがちですが、扱っているテーマはかなり普遍的だと思います。皆さんはどう見たでしょうか。

コメント